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古典画を中心として美術の考察、展覧会、雑談のページです。
| ティツィアーノ クラブ |
| 2006年より美術についての雑談はブログにて公開しています 金田治のスケッチ日記 |
裸婦スケッチを中心にし、絵画を考えた思考のラフスケッチや展覧会の感想などを織り交ぜて、ほぼ、毎日更新しています。 読みたい方はここをクリックしてください。 |
| ルーブル美術館展・横浜 横浜美術館 2005年 4月9日(土)〜 7月18日(月・祝) |
今回のルーブル展では19世紀初頭のロマン派を中心としたフランス絵画を見ることができ、崩壊する前の美術を見る楽しさを味わえます。私たちの時代の美術はロマン派のすぐ後に起こる印象派以来の改革のムーブメントの中にあって、絵画を捨てなければ美術とはなりえないという歪んだ前衛主義、矛盾だらけの進歩主義やアートという抽象的な観念論に支配されています。今回の展覧会はそれらに対する十分な反証となる魅力を持っています。入り口正面に掲げられたアングルの「泉」は通俗的主題がいかに魅力的であるかを見せてくれます。アングルの少女趣味、女性賛美は今から見れば古典主義よりもはるかにアングルらの新古典主義に対立していたロマン主義に近いものです。19世紀そのものがロマン主義の時代だったように見えます。アンクルは日常のしぐさの中に女性へのロマンを感じていたのでしょう。その結実としての「トルコ風呂」は絵画が表面的な革新を経ずとも極めて個人的、秘儀的、情念的観念の表出を可能にしているかを示してくれているように見えます。筆跡をあらゆる細部にわたって消し、幾重にもかけられたトーンによって、倒錯とも思えるほどの儀式的、秘儀的な絵画制作の魅力が伝わってきます。輪郭を予め取るか、とらないで直接描き始めるか、によって古典主義的立場とロマン主義的立場とに分けることができるものの、絵の具の使い方、構図、明暗のバランスなどには共通の要素を多く感じます。絵画が現代の写真や映画のように当時のメディアであったことがそれを要求したのでしょう。何が、どこで、誰が、といったメディアとしての基本的な情報を盛ることのできるスタイルを当時の絵画は持っていました。誰にでも語りかけ、誰でもが楽しむことのできるスタイル。作家の個性やコンセプトを賛美する以前に、絵画には絵画自体を賛美するスタイルがあったことの記念でしょう。ドラクロワ、ジェリコー、ダヴィッド、アングル、シャセリオー、コローといった名だたる画家たちの名品が展覧できる良い機会です。 パンフレットの解説では『新古典主義からロマン主義へ、そして写実主義の誕生にいたるまで、この時代の絵画は次々と新たな表現を生み出し、やがて印象派に代表される近代絵画の誕生を準備しました』等とかかれていますが、セザンヌの絵の前に立ったときは、むしろ逆で絵画の崩壊の過程を明瞭に見る思いがしました。進歩で失ったものはあまりに大きかったのだと思います。 |
| マルセル・デュシャン展 横浜美術館 2005年 1月5日(水)〜 3月21日(月・祝) 芸術を駆逐するアート |
現代美術を考えるうえで無視できないのがデュシャンです。デュシャンによって芸術のクーデターは成し遂げられたからです。過去の芸術とははっきりと異なったアートが誕生したのです。私のように古典絵画が趣味の人間には迷惑なことなのですが、21世紀に生きるものとしては拒否することのできない日本の敗戦のようなものでしょうか。西暦の1900年を境として芸術の価値は大きく変わってしまいました。価値基準の変化の基調になるものは気まぐれ、驚き、楽しさ、かわいらしさ、馬鹿馬鹿しさ、娯楽性、冒険心などの価値であり、それまでの宗教観や人生観、また世界観に裏打ちされた芸術観に取って代わったことです。1920年代にいみじくも登場した「ダダイズム」は新しい芸術観の変化をひとつのウェーヴとしたことで特筆されるべきであり、1960年代の「ポップアート」は「ダダイズム」の実践であり、グラフィックデザインはこれらの価値観を普及させるのに中心的な存在となっています。すべての新時代の創造性はこれらダダ的価値によって計られるようになりました。そこには心の遊戯としての芸術観があり、真剣に生きるための手段としての芸術ではなくなっています。新しい価値観を持つこと、そして、それを表現することがアートでありアーティストなのです。ダダの中心的な作家デュシャンは便器を美術館に持ち込んで「泉」と題した作品を提示しました。フランス象徴派詩人たちの理論であるコレスポンダンス-万物照応の考えを一種戯画化したものでしょうが、それが人々の心に火をつけたようです。作家と作品の密接な関係を否定して、自由な創作と作家性の主張がなされたのです。ヨーロッパでは容易に認められなかったダダイズムですが1919年以降ニューヨークを中心とした芸術の刷新運動とそのパトロンたちの支持を得て発展し、第二次世界大戦の勝利により自由主義、民主主義の具現化としての芸術として認められた感があります。それによって芸術のさまざまのレトリックが娯楽と見世物とに変身しました。そして大衆の心を掴んだのです。それが20世紀のアートと呼ばれるものです。アートを知ってしまった人々は芸術を退屈なものと感じるようになり、旧来の芸術を改変し、または破棄することをも新たなアートとみなしました。貴族趣味である芸術が大衆の娯楽としてのアートに変わるべきだったのであり、それは貴族社会が崩壊し民主主義の主権在民の時代にふさわしい革命だったとされるのです。民主主義での芸術教育の在り方、公設美術館の展示基準、マスコミュニケーションが必要とするアート、広告美術、政治における大衆との親密感の表現などに必要なものはすべてアートにあり、アートの価値を芸術に高める利益は社会にとって絶大であることが判明しました。逆に必要でなくなった芸術を博物館の中に閉じ込め再生産を修復に限定し、制限することともなったのです。 |
| 横山大観「海山十題」 東京藝術大学美術館 2004年7月27日−8月29日(日) |
久しぶりに納得のゆく展覧会でした。サブカルチャーばやりの昨今ですが、やはりメインカルチャーとして絵画が生きていた時代の作品は凄みがあります。その気迫、そして隈なく繊細な神経の行き届いた作品を見ると心が洗われます。松に覆われた海浜の景色は今は少なくなりましたが、なぜか祖国日本を喚起するものがあります。海に隣した松の一群が海風にさらされてか、梢を枯らしながらも海に向かって林立する様は、当時の日本男児の生き様を見るようで感動的でした。迫りくる海の透明、打ち寄せる波の白さそしてすべてを透明に澄んだものとする日の光、はるかに気高くそびえる富士の峰、大和しうるわし・・・。桜のごとき女たちも、松のごとき男たちも、かつての日本はみんな凛として生きていたのだろうと、大和魂を懐かしみました。 |
| ウィーン美術史美術館名品展 東京藝術大学大学美術館 2002.10.5−12.23 |
昨年はは豪華な展覧会が続きました。スペインハプスブルグ王家のコレクションであるプラド美術館展に続いて,今度はウィーンのハプスブルグ王家コレクション(もうこれはすべてが第1級の名作ばかりです)を見ることができました。ルネッサンスからバロックまでと時代を限った作品群ですが、油彩画の創生期の力強さに直に触れることができました。線的絵画の魅力を湛えたデューラーやクラナッハらのドイツルネッサンスの巨匠達の作品もさることながら、ベネチア派とその影響を受けたスペインやオランダの巨匠達の作品を直に見、さらに見比べることができました。無駄のない密度の高い展覧会でした。ヴェネチア派の中でも最も造形的豊饒さをもつヴェロネーゼの作品を見ながら、すべての造形が描かれる人物の人格的厚みに集約されてゆくティツィアーノの画法のすばらしさを味わうことができました。ベネチア派の魔法のような油絵を見事に継承しているヴェラスケスのマルガリータ王女の肖像も出品され、何でこれが日本で見れるのかと感嘆しきりです。マルガリータのスカートが前にせり出してくる感じは印刷のポスターでは失われている程の微妙なもので、筆触と油彩技法の頂点を見る思いがします。古典絵画を愛好する人にはたまらない展覧会でした。 |
| ウィンスロップ・コレクション 国立西洋美術館 2002.9.14−12.8 |
20世紀の美術とは全く様相の異なる19世紀美術の魅力の一端を垣間見ることができる展覧会です。具象美術の古典的表現の最後が19世紀でした。単一の視点、統一的光、,同一の空間という今では非前衛とされるクラッシックな表現が十分な信認を得ていた時代です。絵画的イマジネーションがその絵の価値を決めていた時代とも言えます。18世紀の幸福追求の余韻を残したアングルのオダリスクから産業社会の発展に伴う戦争の世紀である20世紀に向かって精神の混迷と退廃を美化したロセッティらの世紀末美術までを堪能できます。19世紀的愛のかたちを、小説を読むように、それぞれの絵から読み取ることができればとても楽しい展覧会でした。 |
| プラド美術館展 2002.3.5-6.16 |
上野の西洋美術館で開かれたこの展覧会はスペインの王室コレクションの本格的な紹介です。来ている作品はことごとぐが傑作、名作です。〔ただしわかる人にはですが〕私的にはルーベンスの『狩のディアナ』がお勧めです。ルーベンスの作品というと常日頃は工房作品が多く、純粋にルーベンスの筆を感じさせる作品は必ずしも多くはありません。今回の作品は見事にルーベンスです。ディアナ達の持つ槍の斜線の動きが交響曲のような豊穣な構図を作り、イサベラのにこやかな表情からは幸せが溢れてきそうです。40歳ごろの、もっとも古典的完成度の高い時期のものでしょう。ルーベンスではもう一点、ティツィアーノの『エウロペ』を模写した大画面が来ています。空がいいかげんに描いてあり、ティツィアーノの作品の情趣にはとても及びません。ティツィアーノでは晩年の大作『スペインに救済される宗教』が来ています。この力のみなぎった様式は、主題のつまらなさにもめげず、十分に巨匠に触れた感動を伝えてくれます。油彩画としてはこの作品がもっとも魅力的でした。ほかにも、落ち着いた風格において他に類を見ないベラスケスの作品も5,6点きています。ムリリョ、ゴヤなどの有名な作品から、肖像や静物のあまり知られていない画家のものまで見ごたえのある具象美術の展覧会でした。 |
| レオナルド・ダ・ビンチ 白テンを抱く貴婦人 |
チャルトリスキ・コレクション展 ダ・ビンチの真筆とされる三点の現存する肖像画の内の一点で、当時の人を感嘆させた彼の気品ある画風が十分に伝わってきます。12号ほどの小さな肖像画ですが細かな神経で丁寧に仕上げられていて、一陣の颯風を辺りに感じます。緩やかなひねりをもった端正な構図、テンと女性の音楽のように同調するハーモニーに洗練された精神を感じます。現代でもなかなかこれほどに都会的で理知的な絵には出会えないでしょう。ルネッサンスがいかに高い知性と洗練とをもっていたのか味わってみるのも面白いかもしれません。 |
大倉山音楽美術センター
〒222-0031 神奈川県横浜市港北区大倉山 1-17-4 秋本庄次ビル2f tel: 045-544-0465